閲読中国史 | ページ 2 | 中文系.com

閲読中国史

閲読中国史

曹操の真の姿 7(品三国/閲読中国史)

このように狡猾な曹操に素顔と言える一面はあるのだろうか?ある。西暦220年、戦に明け暮れた曹操は病に倒れた。彼はこの時すでに66歳になっていた。「人生七十古来稀なり」というように、十分に長生きした言える。曹操は度量のある人物であり、生死に思...
閲読中国史

曹操の真の姿 6(品三国/閲読中国史)

しかし、それでも『毛宗崗批評「三国志演義」』では「これはやはり曹操の抜きん出た点である」「やはり裏表のない小人と言える」と述べられている。なぜか?これが別の人間であれば、反対に、天下の人がみな自分にすまないことをしようと、自分が天下の人にす...
閲読中国史

曹操の真の姿 5(品三国/閲読中国史)

しかし、『三国志演義』でここが大きく変わった。「悲しみ悼む」という心情がなくなり、「寧我負人,毋人負我」(「我 人に背くとも、人 我に背くなかれ」)も「寧教我負天下人,休教天下人負我」(我 天下の人に背くとも、天下の人 我に背かせまじ)に変...
閲読中国史

曹操の真の姿 4(品三国/閲読中国史)

この件は『三国志』には記述がなく、裴松之の注において『魏書』、『魏晋世語』及び孫盛の『異同雑語』の引用としてのみ見られる。おおよそ次のような状況である。董卓は入都後、曹操を驍騎校尉に任命した。しかし曹操は董卓の任命を断り洛陽を脱出し、近道を...
閲読中国史

曹操の真の姿 3(品三国/閲読中国史)

実は、晋の時代には早くも曹操の評価に意見の相違が生じていた。王沈の『魏書』や司馬彪の『続漢書』では、曹操をより肯定的に評価し、曲筆してまで擁護することすらある。一方、孫盛の『異同雑語』や呉人の『曹瞞伝』は率直に曹操の残酷さや狡猾さを多く明ら...
閲読中国史

曹操の真の姿 2(品三国/閲読中国史)

これで英雄、奸雄、奸賊という3つの評価、3つのイメージが得られた。では、どの評価が最も正確なのか? そのためには、歴史上の曹操が実際のところどのような人物だったのかをはっきりさせる必要がある。これは簡単なことではない。『三国志演義』を...
閲読中国史

曹操の真の姿 1(品三国/閲読中国史)

品三国 / 易中天 第一部 魏武揮鞭 第一章 曹操の真の姿(真偽 曹操) 范文瀾氏の『中国通史』では、漢の献帝 初平元年(西暦190年)から晋の武帝 太康元年(西暦280年)までを、後漢三国志の「分裂期」としている。 ...