奸雄の謎 1(品三国/閲読中国史) | 中文系.com

奸雄の謎 1(品三国/閲読中国史)

第二章
奸雄の謎

歴史上最も複雑な性格で、多様なイメージを持った人物として、曹操は自分に忠実で、偽りがなかった。この気質が彼を英雄、それも大英雄にならしめた。しかし、この大英雄は同時に大奸雄とも見られている。前章では、「愛すべき奸雄」と述べた。では、曹操は「奸雄」だったのか? 彼は「奸雄」として「愛すべき」存在だったのだろうか?

先ほど、曹操は「愛すべき奸雄」であるという結論付けた。この結論を分析してみたい。

まず、「奸雄」について、それから「愛すべき」存在について述べる。

いわゆる「奸雄」とは、「奸知に長け、かつ雄々しく傑出した者」という意味である。厳嵩のように奸知に長け、かつ陰湿な者は「奸賊」としか言えない。董卓のように横暴で理不尽な人物は、雄々しく傑出しているが、奸知はなく、「梟雄」としか言えない。この「梟雄」という言葉には様々な解釈がある。「梟」の本来の語義はフクロウのことであるが、「首領」、「頭目」、「覇を唱える者」という意味が派生しており、塩梟、毒梟等の言葉で使われている。また、「勇猛」、「豪傑」、「傲岸不遜」という意味が派生しており、梟騎、梟将等の言葉で使われている。従って、『現代漢語辞典』では、「梟雄」という言葉を「横暴で野心を持った人、智勇の傑出した人、魁首」と説明している。「劉備は天下の梟雄である」と魯粛は評している(『三国志・魯粛伝』)。また、「劉備は梟雄として聞こえている」と黄権は評した(『後漢書・劉焉伝』)。これは劉備が「智勇の傑出した人物」であり、勇猛であり、豪傑であり、傲岸不遜であったことを示している。一方、我々が董卓を梟雄と見るのは、彼が「横暴で野心のある」人物であるということを指している。梟雄が「横暴で野心がある」なら、奸賊は「狡猾で邪心がある」、奸雄は「狡猾で雄心がある」ということである。奸雄は狡猾にして剛毅なり。では、曹操はそのような人物であったのだろうか?

間違いなくそうであった。

 

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