曹操の真の姿 13(品三国/閲読中国史) | 中文系.com

曹操の真の姿 13(品三国/閲読中国史)

曹操のこの行為は、非常に悪い影響を招いた。反乱を引き起こし、後代まで語り継がれることとなった。陳宮にしても、辺譲の死をきっかけとして曹操と袂を分かち、呂布のもとに走ったのである。曹操はこのことを教訓とし、加えて官位が高くなり、野心も大きくなったことで、徐々に「将軍額上跑馬,宰相肚裏撐船」(将軍は額の上で馬を駆けさせ、宰相は腹の中で船を漕ぎ進める:大人物は度量があるという意味)ということを学んだ。報復する場合も、あまり直接的には行わなくなったのである。とは言え、相変わらず報復はするし、嫉妬もする。旧友も例外ではなかった。例えば、婁圭、あざなを子伯という男がいた。まれに見る勇ましさと大志を持ち、文武両道の人であった。曹操に付き従い、多くの功を立てた。「子伯の計略にはかなわない」と、曹操は自分が婁圭に及ばないことを常々嘆いていた。しかしそれでも曹操は彼を殺したのである。婁圭と許攸の死、そして孔融の死は、『三国志・崔琰伝』裴松之注に記載されている。一読をお勧めする。

これが曹操である。彼は歴史上最も複雑な性格で、多様なイメージを持った人物であろう。 彼は極めて聡明であり、途方もなく愚かであった。怜悧狡猾であり、素直で嘘偽りがなかった。大様であり、猜疑的であった。度量があり、狭量であった。高貴であり、卑しかった。英雄であり、子どもであった。閻魔の気性であり、菩薩の心根であった。どうやら、曹操にはいくつもの顔があるようだ。しかしそれらがまったく矛盾することなく彼の中で存在している。まさしく奇跡である。

実際、曹操は自分に忠実で、偽りがない。怜悧狡猾さ、残忍さ、暴虐性を内包し、彼は大様で、寛大で、嘘偽りがなく、落ち着いている。これはまさしく一種の「オーラ」であろう。「唯大英雄能本色,是真名士自風流」(傑出した英雄だけが自分に忠実であることができ、真の名士は自ずと瀟洒な佇まいとなる)。この観点から見て、曹操は英雄である。それも傑出した偉大な英雄である。しかし、この偉大な英雄は実に怜悧狡猾である。だから「奸雄」と称することもできる。つまり、「怜悧狡猾な英雄」である。実際、歴史上の曹操に対する評価(英雄、奸雄、奸賊)には、常に「奸」と「雄」の2字がつきまっている。「奸」を強調する場合。「雄」を強調する場合。そして「奸」であり「雄」であるとする場合がある。曹操は「奸雄」である。しかしその前に「愛すべき」という言葉をつけるべきだと私は考える。

では、曹操は「愛すべき奸雄」であったのか?

Bitly

次のページ

前のページ

『品三国』トップページへ戻る

コメント