曹操の真の姿 7(品三国/閲読中国史) | 中文系.com

曹操の真の姿 7(品三国/閲読中国史)

このように狡猾な曹操に素顔と言える一面はあるのだろうかある。西暦220年、に明け暮れた曹操は病に倒れた。彼はこの時すでに66歳になっていた。「人生七十古来稀なり」というように、十分に長生きした言える。曹操は度量のある人物であり、生死に思い煩うことなく、自分の功罪に対しても無頓着であったようだ。彼は断片的に書かれた『令』(『三国』第3武帝』収録)を残しており、これは彼の最後の申し付けと言える。しかし、この傑出した政治家である天才は、意外にも政治に関しては沈黙していた。彼は自分の人生の功罪についても一言「私は軍において法を執行したが、総じて正しかった(吾在军中执法是也)」と言ったに過ぎない。小さな癇癪を起こしたり、大きな過ちを犯したりしたことに至っては学ぶに値しないという。残りのページでは、些事の指示が書いてある。例えば、召し使いの女、芸妓たち日頃から働き者で大変なので私の死後は銅雀台の宮殿に住まわせ、大切に扱うこと(吾婢妾与伎人皆勤苦,使著铜雀台,善待之)。残りのお香は祭祀に使うような無駄はせず、分け与えること。部屋の女たちはやることがないであろうから飾り紐や草履を編むことを学び生計を立てられるようにさせればいい等々くどくどと語って

これにより後世の人たちからは軽蔑されることになる出身の陸機は、それでもかなり婉曲に表現した。彼は『吊魏武帝文』の中で「情を外物に結びつけ、思いを閨房に残す」、「内顧の惜情にとらわれ、わずかな末命を恨む」と文学的に述べている。そこへいくと蘇東坡はいかにも無遠慮である。彼から言わせれば、どのような人間であれ「危機に際して恐れず、笑って死ぬ」ことができてこそ、英雄と呼べるのだと。ところが曹操のように、死ぬ前にめそめそと泣き「側室を名残惜しみ、お香を分け、履物を売る」とは何事か?そのため口を歪めてこう言った。「平生姦偽,死見真性」((裏切りと偽善にまみれた人生を送ってきた人間が、死を目前にして本性を現す))と(『孔北海賛』)。つまり、人の皮をかぶった犬のような、豪傑・英雄のような、そして生粋の奸雄のような日頃の曹操の姿に騙されてはいけない。死を目前にして、その馬脚を現した、ということである。

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