曹操の真の姿 4(品三国/閲読中国史) | 中文系.com

曹操の真の姿 4(品三国/閲読中国史)

この件は『三国志』には記述がなく、裴松之の注において『魏書』、『魏晋世語』及び孫盛の『異同雑語』の引用としてのみ見られる。おおよそ次のような状況である。董卓は入都後、曹操を驍騎校尉に任命した。しかし曹操は董卓の任命を断り洛陽を脱出し、近道を通って故郷に戻ろうとした。友人である呂伯奢の家を通りかかった際、呂伯奢を一家皆殺しにした。なぜ殺したのか?上記の三書では、記述が次のように異なっている。「伯奢が不在の時、その息子は客と共に太祖を襲い、馬や物を奪い、太祖はその手で数人を斬り殺した」(『魏書』)。「董卓の任命に背いたため、自分を殺しに来た追手であると太祖は疑い、夜、手にした剣で8人を殺して去った」(『魏晋世語』)。「太祖は食器の音を聞いて自分を殺そうとしていると思い、夜、彼らを殺した」(孫盛『異同雑語』)。どうやら、曹操が呂伯奢の家族を殺したことに意見の相違はなく、問題なのはその動機だと思われる。『魏書』によれば正当防衛、あるいは過剰防衛である。『魏晋世語』や孫盛『異同雑語』によれば疑心暗鬼により誤って殺したということである。『魏書』は曹操をより擁護する立場であるので、ここでは後者の二書について見ていこう。

後者二書のうち、孫盛『異同雑語』はより具体的に記述している。第一に、曹操が何かの音(食器の音)を聞いたこと、第二に、曹操が人を殺した後に「寧我負人,毋人負我」(「我 人に背くとも、人 我に背くなかれ」)と言ったということである。いわゆる「食器の音」は、鍋やお椀を洗う音ではなく、包丁を研ぐ音であろう。そうであるからこそ曹操は疑心暗鬼になり人を殺してしまったのである。殺した後、彼らが豚や羊を調理して自分を接待しようと準備していたことを知った。誤って善良な人を殺してしまったからこそ、「既而凄愴曰:寧我負人,毋人負我」(悲しげにこう言った。我 人に背くとも、人 我に背くなかれ)と記述されているのである。「凄愴」とは、痛ましい、悲しみ悼むという意味である。つまり、曹操は自分が誤って無実の人を殺してしまったことを知り、つらく、非常に悲しんだために、自分を慰め、気を紛らす他なく、自分の誤った行為に対し無理矢理に自己弁護したのである。もちろん、そのような弁護をしても、彼の罪を晴らすことはできない。しかし、彼は「悲しみ悼む」ことができたのだから、「良心を失った」わけではないということである。

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