【中国の教科書で学ぶ中国史】第二単元 第5課 甲午中日戦争(日清戦争)と中国「分割」の渦 3:中国「分割」の渦【和訳付】 | 中文系.com

【中国の教科書で学ぶ中国史】第二単元 第5課 甲午中日戦争(日清戦争)と中国「分割」の渦 3:中国「分割」の渦【和訳付】

第5课 甲午中日战争与“瓜分”中国狂潮 3

第5課 甲午中日戦争(日清戦争)と中国「分割」の渦 3

“瓜分”中国狂潮

《马关条约》签订后,沙俄联合法国、德国迫使日本放弃辽东半岛,日本则向中国索取了3,000万两白银作为“赎辽费”。以此为契机,列强在中国掀起了抢夺利权、强租海港、划分“势力范围”的“瓜分”中国狂潮。
列强在中国掀起“瓜分”狂潮时,美国正忙于和西班牙争夺殖民地,无暇东顾。后来,它见各国“势力范围”划定,便于1899年向英、俄、德、日、意、法六国提出“门户开放”的照会,承认各国在中国的“势力范围”和既得特权,同时要求在各国租借地和“势力范围”内享有均等贸易机会。这个照会得到各国的同意。“门户开放”政策反映出美国与其他帝国主义国家在侵华政策上的矛盾。

中国「分割」の渦

「馬関条約(下関条約)」締結後、ロシアはフランス、ドイツとともに日本に対し遼東半島の放棄を迫り、日本は中国に「贖遼費」(遼東半島返還の代償金)として平銀3,000万両(テール)を要求した。これを契機に、列強は利権を奪い、港の租借を強要し、「勢力圏」を線引する中国「分割」の渦を巻き起こした。
列強が中国「分割」の渦を巻き起こした時、アメリカはスペインとの植民地争奪戦に忙殺されており、東方に関与する余裕はなかった。その後、アメリカは各国の「勢力圏」が明確になったことを受けて、1899年にイギリス・ロシア・ドイツ・日本・イタリア・フランスの6か国に「門戸開放」文書を提出し、各国の中国における「勢力圏」と獲得した特権を認めると同時に、各国租借地及び「勢力圏」内での貿易機会の平等を要求している。この文書に各国が同意した。「門戸開放」政策は、アメリカと他の帝国主義諸国の中国侵略政策における矛盾を反映したものであった。

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出典:
『中国歴史 八年級 上冊』
(中国の義務教育用歴史教科書 中学2年生向け)

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