【中国の教科書で学ぶ中国史】第二単元 第5課 甲午中日戦争(日清戦争)と中国「分割」の渦 2:「馬関条約(下関条約)」の締結【和訳付】 | 中文系.com

【中国の教科書で学ぶ中国史】第二単元 第5課 甲午中日戦争(日清戦争)と中国「分割」の渦 2:「馬関条約(下関条約)」の締結【和訳付】

第5课 甲午中日战争与“瓜分”中国狂潮 2

第5課 甲午中日戦争(日清戦争)と中国「分割」の渦 2

《马关条约》的签订

1895年春,清政府派李鸿章为议和全权大臣,前往日本马关议和。
经过谈判,双方签订中日《马关条约》,规定:清政府割辽东半岛、台湾全岛及所有附属各岛屿、澎湖列岛给日本;赔偿日本兵费白银2亿两;开放沙市、重庆、苏州、杭州为商埠;允许日本在通商口岸开设工厂等。
《马关条约》使外国侵略势力进一步深入中国腹地,大大加深了中国的半殖民地化程度。

「馬関条約(下関条約)」の締結

1895年春、清朝政府は講和全権大臣として李鴻章を日本の下関に派遣した。
交渉の結果、双方は中日「馬関条約(下関条約)」を締結した。内容は次の通りである:
清朝政府は、
 ・遼東半島、台湾全島とその付属島嶼、澎湖諸島の日本への割譲
 ・軍事費として平銀2億両 (テール) の賠償
 ・沙市・重慶・蘇州・杭州を商業港として開放
 ・貿易港での工場開設
を認める。
「馬関条約(下関条約)」は、外国の侵略勢力をさらに中国内陸部まで入り込ませ、中国の半植民地化を大きく深化させた。

次ページ

前ページ

目次

出典:
『中国歴史 八年級 上冊』
(中国の義務教育用歴史教科書 中学2年生向け)

コメント