【中国の教科書で学ぶ中国史】第二単元 第5課 甲午中日戦争(日清戦争)と中国「分割」の渦 1:甲午中日戦争(日清戦争)【和訳付】 | 中文系.com

【中国の教科書で学ぶ中国史】第二単元 第5課 甲午中日戦争(日清戦争)と中国「分割」の渦 1:甲午中日戦争(日清戦争)【和訳付】

第5课 甲午中日战争与“瓜分”中国狂潮 1

第5課 甲午中日戦争(日清戦争)と中国「分割」の渦 1

甲午中日战争是日本蓄意挑起的一场侵华战争。它以清政府的失败而告终,并引发了后来的“瓜分”中国狂潮。这场战争是怎么爆发的?进程如何?《马关条约》的内容有哪些?有什么影响?外国侵略者是如何在中国掀起“瓜分”狂潮的?

甲午中日戦争(日清戦争)は、日本が意図的に挑発した中国への侵略戦争である。それは清朝政府の敗戦によって終結し、その後、中国「分割」の渦を招いた。この戦争はどのようにして始まり、どのような経過をたどったのか?馬関条約(下関条約)の内容とその影響は?外国の侵略者はどのようにして中国「分割」の渦を巻き起こしたのだろうか?

甲午中日战争

日本对朝鲜觊觎已久,征服朝鲜是日本企图实现侵略中国、称霸世界的重要步骤。1894年,朝鲜发生东学党起义。应朝鲜国王请求,清政府派兵帮助镇压。日本也乘机出兵朝鲜。东学党起义平息后,日本继续增兵朝鲜,蓄意挑起战争。7月,日军进攻驻守朝鲜的中国军队,并在牙山口外丰岛海面袭击清军运兵船。清政府被迫对日宣战。1894年是农历甲午年,这场战争被称为“甲午中日战争”。
9月,日军分多路围攻平壤。中国守军奋起反击,清军将领左宝贵中炮牺牲。统帅叶志超弃城逃跑,平壤陷落。
北洋舰队与日本联合舰队在黄海海面也展开激战。北洋舰队将士在战斗中奋勇杀敌,重创日舰。致远舰管带邓世昌在舰身严重受损、弹药将尽之际,下令开足马力,冲向日舰吉野号,准备与敌人同归于尽,不幸被敌人炮弹击中,200余名将士壮烈殉国。此次海战,北洋舰队损失较大,但主力尚存。可惜战后李鸿章命令舰队躲进威海卫军港,不许出海迎敌,日军趁机夺取了制海权。
之后,日军分两路入侵中国。一路渡鸭绿江,占领九连城等地,直逼辽阳。另一路从辽东半岛登陆,直取大连、旅顺。大连守将不战而逃,旅顺守将大多庸懦畏敌,只有徐邦道孤军迎敌,血战四天,终因寡不敌众而战败。日军占领旅顺后,连续进行了四天大屠杀,杀害了两万多中国人,犯下令人发指的罪行。
1895年初,日本陆海军进攻山东威海卫,北洋舰队陷入绝境。日本联合舰队司令写信给北洋水师提督丁汝昌,劝其率舰队投降,遭到严词拒绝。在援兵无望的情况下,丁汝昌自杀殉国。北洋舰队全军覆没。

甲午中日戦争(日清戦争)

日本の朝鮮に対する野望は久しく、朝鮮征服は日本が中国を侵略し、世界に覇を唱えるための重要な措置であった。1894年、朝鮮で東学党の乱が起こった。朝鮮国王の要請により、清朝政府は鎮圧支援のため派兵した。日本もこの機に乗じ朝鮮に出兵した。東学党の乱の鎮圧後も、日本は朝鮮への増派を続け、意図的に戦争を挑発した。7月、日本軍は朝鮮を防衛する中国軍を攻撃し、牙山湾入口にある豊島沖海上で清朝軍の軍隊輸送船を襲撃した。清朝政府は日本に宣戦布告せざるを得なくなった。1894年は中国暦の甲午の年にあたるため、この戦争は「甲午中日戦争(日清戦争)」と呼ばれる。
9月、日本軍は平壌を多方面から包囲した。中国の守備隊は奮起して反撃したが、清朝軍の将軍、左宝貴は大砲の砲撃により戦死した。司令官である葉志超は街を捨て逃走し、平壌は陥落した。
北洋艦隊と日本の連合艦隊も黄海海上で激戦を繰り広げた。北洋艦隊の将兵は果敢に戦い、日本の艦船に大きな損害を与えた。船体が激しく損傷し、弾薬が間もなく尽きようとする時、致遠艦の管帯(官職)である鄧世昌は、敵と共に死ぬ覚悟のもと、日本の艦船「吉野号」に全力で突撃するよう命じた。不運にも敵の砲撃に遭い、200余名の将兵が壮絶に国に殉じた。この海戦で、北洋艦隊は大きな損害を受けたが、主力は生き残った。惜しむらくは、李鴻章は戦いの後、艦隊を威海の軍港に隠すよう命じたため、出港して迎撃することは許されなかった。その機に乗じて日本軍は制海権を握った。
その後、日本軍は二手に分かれ中国に侵攻した。 一方は鴨緑江を渡り、九連城等を占領、そのまま遼陽に押し寄せた。一方は遼東半島に上陸し、そのまま大連、旅順を奪取した。大連を守備する将校は戦わず逃走した。旅順を守備する将校の多くは敵を恐れたが、徐邦道だけは4日に渡り孤軍奮闘した。しかし多勢に無勢であり、最終的に敗れた。旅順占領後、日本軍は4日間連続で大虐殺を行い、2万人以上の中国人を殺害するという、怒りを禁じえない犯罪を犯した。
1895年初頭、日本の陸海軍は山東の威海衛を攻撃し、北洋艦隊は窮地に陥った。日本の連合艦隊司令官は、北洋艦隊の水師提督である丁汝昌に手紙を送り、艦隊を率いて降伏するよう促したが、厳しく拒否された。援軍の望みはなく、丁汝昌は自害して国に殉じた。こうして北洋艦隊は全滅した。

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出典:
『中国歴史 八年級 上冊』
(中国の義務教育用歴史教科書 中学2年生向け)

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