奸雄の謎 4(品三国/閲読中国史) | 中文系.com

奸雄の謎 4(品三国/閲読中国史)

曹操の不良仲間である袁紹や張邈らも、同じようなものだった。彼らはよく一緒になってバカ騒ぎをしたり、普通では考えられないようなことをしていた。南朝宋の臨川王である劉義慶が書いた『世説新語』にはこのような逸話がある。
ある家で結婚式が行われることになった。曹操と袁紹は見物に行った挙げ句、よりによって花嫁を盗むことを思いついたのである。彼らは庭に潜み、日暮れを待った。そうして辺りが暗くなるとふいに「泥棒だ!」と叫んだ。すると結婚式の参列者は次々に家から飛び出してきた。曹操はその混乱に乗じて屋敷の奥にある花嫁の部屋に押し入り、彼女をさらっていったのである。逃げ道を急いだ袁紹は、うっかりトゲのある茨の茂みに落ち動けなくなってしまった。そこで曹操は機転を利かし、「泥棒がここにいたぞ!」と叫んだ。これを聞いて焦った袁紹はすぐに飛び出してきたのである。

こうして見ると、青年時代の曹操は典型的な世間知らずのどら息子であり、正業に就かずぶらぶらとしており、悪知恵や悪質な考えは尽きることもなかったようである。これは何を意味しているのか?これは、曹操が悪戯者で手に負えず、決まりを守らず、悪賢く狡猾、老獪であったことを示している。従って、『三国志』には「子どもの頃は、頭の回転が速く、機転が利き、戦術に長けていた。一方、強きをくじき、弱きを支える侠気があり、自由奔放で、徳を積むような仕事や勉強をすることはなかった」と書かれている。それだから、多くの者は彼を相手にせず、軽蔑さえした。例えば南陽の名士である宗世林は「松柏之操」を自負し、彼と決して付き合おうとはしなかった。(『世説新語 方正』参照)

しかし、一人だけ曹操に好意的な男がいた。当時の太尉であった橋玄である。曹操は稀有な人材であり、将来的に天下を平定できるのは曹操しかいないと橋玄は考えた。そこで妻子を託してこう言った。「これから天下は乱れる。傑出した人材でなければこれを救うことはできない。天下を治められる者、それは他ならぬ君ではないのか?」この話は『三国志』正文に記載されており、信頼できるし、また理にかなってもいる。なぜなら、曹操はただのならず者やごろつき、あるいはどら息子ではないからだ。孫盛の『異同雑語』には、「比類なき才能を持ち、武術に長け、彼を陥れることのできる者はおらず、博覧強記、兵法は特に優れていた」と書かれている。ある時、宦官の張譲を暗殺した際には、戟を振り回しながら無事に逃げたという。これは、曹操が大志を懐き、野心に溢れた人物であったことを示している。野心と狡猾さを併せ持つ、まさに「奸雄」の定義にふさわしい人物であった。

では、曹操自身はどう思っていたのか?

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