奸雄の謎 3(品三国/閲読中国史) | 中文系.com

奸雄の謎 3(品三国/閲読中国史)

曹操が家庭で受けた教育はあまり良いものではなく、曹嵩が息子の教育について気にかけることもほとんどなかっただろう。曹操の詩に「既無三徙教,不聞過庭語」(孟母三遷の教えすらなく、過庭之訓は聞いたこともない)という話がある。「三徙」とは、孟子の母親が息子の環境を整え、悪い影響を受けないよう3度も引っ越しをしたことを指す。「過庭」とは孔子が、孔子の息子が中庭を二度通ったとき、孔子は息子を呼び止め、一度は詩を学び、一度は作法を学ぶよう教えたことを指す。このようなことは、曹操の家ではまるでなかった。どうやら、曹操の幼少期、曹操の両親はあまり彼を教育することがなかったようである。

両親は放任主義であり、しかも家の経済状況は良かった。曹操はこうして「問題児」となった。『三国志』裴松之注で引用された『曹瞞伝』によると、少年時代の曹操は「好飛鷹走狗,遊蕩無度」(飛鷹走狗を好み、放蕩三昧)であったという。見かねた叔父は、息子をきちんと躾けるべきだと曹嵩に度々注意した。ところがこれを知った曹操は、口うるさい叔父をどうにかしようと悪知恵を働かせる。ある日、叔父がやってくるのを見つけると、口をへの字に歪めて顔を出した。叔父が状況を尋ねると、突然の脳卒中だったと答えた。叔父はすぐに曹嵩に報告した。しかし、曹嵩が曹操を呼んで見てみると、何事もない。ここで曹操は「私は脳卒中になどなっていませんよ!叔父は私のことが嫌いだからそのような悪口を言うのでしょう」と言った。「オオカミ少年」の故事のように、叔父が曹操について何か言っても、もはや曹嵩は信じなくなった。こうして曹操はますますやりたい放題になるのであった。

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